ラスボスはもちろん、私だった。


こんにちは、成田愛子です

毎度おなじみなぐらい

すごい久しぶりなブログに。

 

みんな♡元気だった?

いやあ沈黙の間

自分でいうのもなんだけど、

まあーーーー壮絶なクリアリングをしておりました。笑

 

やっと落ち着いたのでブログに。毎度長いよ。笑

 

 

全然関係ないのだけどさ

今、Netflixで「MISS KING」というドラマを見てるんですけど(まだ途中

棋士の父へ復讐に向かう娘の話なんですね(将棋で復讐するという

このドラマの中で何度も藤木直人が言うのですよ

 

「逃げるな」

 

と。

 

「自分から逃げるな。」

といいながらも自分が逃げてたことに気づいた弱さを

能年玲奈(のん)に打ち明けながら、二人で成長していく物語なのですね

 

よかったらご覧ください。(まわしものじゃないよ。笑

 

 

 

「自分から逃げない」

 

もうこれだけだなと悟ったんです。

 

人はつい外側のあれこれに振り回されて

注意を向けて執着したり

自分の感じたいものを感じられるように

「外」を操作します。

それはもう巧みに自分にも気づかれないような無意識レベルに落とし込んでね。

 

先日インスタにこちらをポストしましたが

やっと、ものすごい遠回りしての内なる旅が一区切りした体感があります。

終焉とは口が裂けても言えないのだけど、笑

 

でもやっと、

本当に一区切り。

 

 

 

10月の初めに

高校時代の同窓会がありました。

大概同窓会というのは、女性は旧姓で出席をとるものなんだよね

 

でも受付の時私の旧姓が見つけられなかったんです。

自己申告で数ヶ月前に登録した名前は「成田」でした。

なんとまあ。

無意識レベルで私は旧姓を嫌がっていた。

 

離婚した時ですら、旧姓にもどす選択肢はほぼなくて

絶対成田を選ぶだろうと目算ついてたところに

息子たちに名前も決めていいよ、とゆだねた(風)にした。

旧姓に戻すぐらいなら祖母に養子縁組して母方の旧姓を名乗ろうとすらよぎったほど

旧姓にもどそうとは思ってなかった。

 

そのぐらい私の内側は

まだこの自分の中に脈々と流れる「血」を赦せてなかったのだと後から気づくのでした。

 

親戚が絡んでしまうので

あまり詳細には書きませんが

 

小さな愛ちゃんの記憶というのはすごいものです。

 

実際に起こった真実ではなく

「そういうふうに視えた・感じた」が事実になってしまう。

 

(多くの人の記憶とはそういうものなのでしょう

きっと息子のそれを目の当たりにするのも近いだろうとは思ってます)

 

 

そうしてその事実と真実のものすごい溝を見たくなくて

こんなにも長い年月、私は自分のこの気持ちを直視せずしまい込んで

なかったことにしてきていました。

 

以前「ラスボスは父だった」というブログを書いたのだけど

あのぐらいから集まってくる集まってくる。

 

私の周りに山形出身の人々が。

 

スクール生からお世話になってる経営者の諸先輩方も。。。

ついにはうちで働くバイトくんまで山形出身となって

四六時中山形に囲まれ始めた。笑

 

まるでそれは視えない私のご先祖アベンジャーズたちが後ろではからったかのように。

 

いつか消してしまった父の存在を自分の中でやっと受けいれ可視化した時

わかっちゃいたけど、ついに行くべき時がきたのだと

体感しました。

 

 

旧姓で呼ばれ続けた同窓会の翌日

25年ぶりにつばさに乗って山形駅に降りた。

一人ではなく息子たちと3人で。

 

息子たちは初めての山形。

 

 

「ここに誰がいるの?」

 

「じいじのお母さん。あなたたちのひいおばあちゃんだよ」

 

「じいじのお母さんに僕たちあったことある?」

 

「あるよー赤ちゃんの時に。でも山形に来たのは初めてだね」

「ママも25年ぶりに来たよ、前来た時は今のあなたたちぐらいの歳だった」

 

そう話しながら

懐かしい頬に触れる山形の少しひんやりとした空気を感じる。

 

ああ、懐かしい、この方言。

そうかつばさにはまだ車内販売がある。

懐かしい、懐かしい。

 

叔父も叔母も

祖母も

 

みんな優しい。

 

そうだった私、

このお家に来るのが小さな頃は大好きだったじゃない、

 

いつから遠くなってしまったのだろう。

 

その遠くなった点と点を最小に結ぶような1泊2日だった。

 

 

仏壇に十万石饅頭や東京バナナをお供えし

息子たちと手を合わせる

 

写真を見せて

 

これがあなたたちのひいおじいちゃんよ。

そのまたおじいちゃんとおばあちゃんよ。

 

その時間が愛おしかった。

 

結婚した時も

子供が産まれても

私はここにこなかった。

 

行く機会はたくさんあったけど

遅い反抗期もその時期だったから。笑

すごくすごく遅くなってしまった

 

けど私、孫だったじゃんね

ほんと、反抗期が思春期にこなかったからなのかね

だいぶすね散らかしてたんだよ。笑

やな孫だね〜

やっと

この地が大好きだった小さな自分に還れた気がします

 

 

祖母は思っていた以上に元気で

息子たちとの会話も毎日毎瞬がフレッシュ。

「忘れるというプログラム」というブログをいつだか書きましたが

 

最近ね、

毎日記憶あろうとあやふやだろうと

私たちも朝起きて

「おはよう、初めまして。」

そんな気持ちでいるの。

不思議な感じかもしれないけど。

 

私たちは、毎瞬、目醒めていて。

目醒め続けてる。

だからいつもこの瞬間一瞬を生き切ろうとするならば

昨日の私はもういない。

さっきの私はもういない。

目の前のこの人たちも一緒だ。

毎日生まれ変わってる。

毎瞬生まれ変わってる。

 

私たちは死ななくても

生まれ変われる。

 

毎瞬この肉体に宿り

この命の悦びを表現する。

それだけ♡

それだけで自分がとても生きてる!!って感じるのですね

何かあたたかなエネルギーが

源泉掛け流しの温泉のように内側から満ち満ちと溢れ出てきて

 

なんだ?これは?

と毎日毎瞬なるんです。

 

ああ、これに名前をつけたら

みんなが

「しあわせ」

と表現するやつかもしれないな、と。

 

 

 

そんな感覚でいることが常でね^^

息子たちともそうやって触れ合ってると実に気持ちがいいのです。

 

 

 

そんな毎日の中で祖母に会ったからか、

デイサービスに送り出すときのハイタッチがまるで少女のようで

そんな祖母に会えたことが純粋にとても嬉しかった。

 

もちろん側で介護したりするのは私には理解できないあれこれもたくさんあるけれど。

 

敢えて、今の私がわかる感覚だけでそこにいることができた。

 

やっぱり、

全て、浄化した上でこの土地には来るようになってたのだなあと思います。

 

前の思考の癖が疼いてるのを観測しながら

「そっち」に引っ張られることなく

グッジョブ!と

自分を褒める旅となりました。

 

 

ある側面から見たら

「何言ってんだ?」

な内容かと思いますが

 

これってやった人にしかわからない感覚だと思うから。

敢えて説明せずそのままに。

 

 

そして

この滞在中に私はどうしても

お墓参りに行きたかった。

 

息子たちを連れて。

 

時間的なものと

距離的なもので

 

なかなか何度も行けないかな?とおもったけど

今回の目的は祖母(子供達のひいばあちゃん)に会うことと

墓参りであったから。

 

何度も墓参りに行きたい!と多少強引に、

手を合わせる時間をいただいた。

 

本当にこの時間をとれてよかった。

 

ずっと先祖供養ができてなかったから

どうしても行きたかったのです。

 

 

 

 

じいちゃん、遅くなってごめんね

ひ孫連れてきたよ

二人とも大きくなりました

いつもまもってくれてありがとう

これからもどうぞよろしくお願いします

 

 

 

 

そう伝えながら

何かが解けて癒えていく感覚が全身に拡がった気がいたします。

 

 

 

この土地の少し厳しくて凛としたエネルギーに触れながら

永遠に出てくる美味しいものを食べさせてもらいながら

大好きだったことを沢山思い出した。

沢山、たくさん、とめどなく。

 

 

 

目にうつる何もかもがこんなに輝いていたかな、と思うほど

煌めいて、美しい。

柔らかく、あたたかい。

 

 

 

ああ

護られてた。

ずっと護られてた。

 

 

 

体温が上がる。

私の「血」をやっと赦せた気がする。

 

 

 

生きてていいのだ。

 

 

 

私は、

 

私の命を、やっと

 

やっと

肯定できた気がした。

 

 

長かったー

 

39年かかってしまった。

 

 

それでもだいぶ、

早かったと自画自賛。笑

 

 

この10年は特に、

 

ずっと

ずーっと自己対峙。

 

子育てと仕事と

両方さ。

 

自分と対峙してないと絶対超えられない線が出てくるんだよね。

 

自己対峙しかしていない気すらするよ。

 

でも

 

「差し手は駒音に出る」

 

MISS KINGの中でそんなセリフがあるのだけどね。

 

なるほどなあと思うのです。

 

 

どんな立ち振る舞いも

発言も発信も

 

音、は誤魔化せないからさ。

 

いい音だなぁ

そうわかる人にわかる

音を奏でる人間でありたいと、思うのです。

 

 

恨みから始まっても

大丈夫。

 

きっとちゃんと気づくから。

 

その「血」が教えてくれる。

 

私自身実体験をもって

 

やりきったなあと心から思うのです。

 

まだまだ、

多分やり切るべきことがあるからさ。笑

 

 

遠回りして

遠回りして

大丈夫。

 

やりきれ!

 

そう山形の美しい空から

大声で降ってきたような気がしました。

 

 

 

最後までお読みくださりありがとうございます。

 

らぶゆーおーる♡

 

可愛い小さなあなたと手を繋いで

毎日を美しく過ごせますように。

 

 

 

2?3?歳くらいのちっちゃい愛ちゃん。笑

 

 

 

 

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